伝説のロックバンド「BOOWY」の歴史

2016年6月5日

日本のロックバンドの歴史を語る上で欠かせないバンドが「BOOWY」です。氷室京介(ボーカル)、布袋寅泰(ギター)、松井恒松(ベース)、高橋まこと(ドラムス)が繰り出すメロディーとビートは、全国のバンドファンのハートを鷲掴みにし、「BOOWY」に熱中させました。
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出典xn--ddk0a0e3212bj2b.net


「BOOWY」のデビュー

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1981年に、群馬県高崎市出身の氷室京介が布袋寅泰に連絡を取り、その後、松井恒松が加入、続いて深沢和明、諸星アツシが加入し、サポートメンバーの木村マモルを迎え、メンバーが揃いました。バンド名は当初「暴威」でしたが、翌年「BOOWY」に改名します。新宿ロフトでデビューライブを行い、翌年1982年に ビクター音楽産業よりデビューアルバム「MORAL」が発売されます。「BOOWY」の代表曲「IMAGE DOWN」や「NO N.Y.」が収録されています。


メンバー交代とセカンドアルバム、サードアルバム発売

高橋まこと
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デビューアルバム「MORAL」発売後、1982年の新宿LOFTでのライブで深沢和明、諸星アツシが脱退。高橋まことが加入し4人編成となりました。
翌年1983年に 徳間ジャパンよりアルバム「INSTANT LOVE」が発売されました。
2年後の1985年にアルバム「BOOWY」が東芝EMIから発売されます。プロデュースは佐久間正英。「DREAMIN’ 」「BABY ACTION」「ホンキー・トンキー・クレイジー」「BAD FEELING」「CLOUDY HEART」などの名曲が収録されています。
同年、 渋谷公会堂で初の大ホール・ワンマンコンサートが行われました。


4thアルバム、日本武道館公演、5thアルバム発表

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1986年に4thアルバム「JUST A HERO」が発売されます。初の海外レコーディングで、布袋寅泰の初のセルフ・プロデュースと呼べる作品でした。名曲「わがままジュリエット」が収録されています。
同年日本武道館公演を成功させ、ライブアルバム「“GIGS”JUST A HERO TOUR 1986」が発売されました。
その後、5thアルバム「BEAT EMOTION」が発売されます。「BEAT EMOTION」はミリオンセラーを記録しました。


ラストオリジナルアルバムと「BOOWY」解散

1987年にシングル「MARIONETTE」が発売され、初登場1位を記録しました。また同年、ライブ「CASE OF BOOWYボウイ」が開催されました。神戸と横浜の2公演でそれぞれ初期の楽曲含め39曲が演奏されました。その後ラストオリジナルアルバム「PSYCHOPATH」が発売され、渋谷公会堂でのライブ中に解散宣言が発表されました。
翌年1988年に東京ドームで「LAST GIGS」が行なわれました。解散ライブの翌月にライブアルバム「LAST GIGS」が発売されました。


「BOOWY」解散後のメンバーの活動

「BOOWY」解散後、氷室はソロアーティストとしてスタート。
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出典musicmylife.info

布袋もソロアーティストとしてスタート後、1988年に吉川晃司と「COMPLEX」を結成しますが、2年後に解散。
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出典www.youtube.com

その後はソロアーティストとして、自身の音楽活動やプロデューサーとしても活躍しています。
松井は解散後、スタジオ・ミュージシャンやライブサポートをした後、ソロデビュー。
高橋は解散後、バンド「De-LAX」に参加、ソロデビュー、バンド「GEENA」結成と幾多のバンドに参加しています。


「BOOWY」のあまりに短い活動期間

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出典middle-edge.jp

「BOOWY」の活動期間は9年間でした。人気絶頂期の解散にメディアやファンは衝撃を受けました。
今年2016年に氷室がファイナルコンサートを行いました。解散後「BOOWY」は再結成されていません。氷室と布袋の共演も解散後一度も実現していません。氷室のファイナルコンサートに布袋の出演が期待されましたが実現されませんでした。「BOOWY」のファンとしては、氷室と布袋の夢の競演が行われる日を楽しみにしたいと思います。