子どものまま漂う私と、大人になる覚悟を決めた銀杏BOYZ

2016年5月18日

私が高校生の頃、ずっと部屋で一人、爆音で聴いていたバンド、銀杏BOYZ。

gin00
出典renote.jp

童貞だのあの娘とヤリたいだの、クラスの人気者やカップルは殺してやりたいだの、あまり上品ではない歌詞が特徴的。しかし、決して充実していたわけではない「サイテーな青春時代」を過ごしていた人間にとっては本音を代弁してくれる、数少ないバンドだったのだ。好きな子と素直に話せて、楽しい毎日を送っているような奴らは聴かなくていいとさえ、思っていた。だって、そんな奴らには分かりっこない私の居場所だったのだから。

それが2013年、ボーカルの峯田和伸以外のバンドメンバー3人の脱退が発表された。
mineta

しばらく新アルバムも発売されておらず、ライブもおこなわれておらず、事実上の活動休止状態だったものの、やはり衝撃を受けた。社会人になろうとしていた私は、しばらく銀杏BOYZの楽曲から遠ざかっていた時期もあったけれど、それでも一度でもライブに行っておけばよかったと非常に後悔したものだった。これ以上、銀杏BOYZの曲は、もう増えない。ただ、それがとても寂しかった。

しかし、そんな心配は思わぬ形で解決される。峯田和伸が、わたしが想像していたよりもはるかに精力的に、活動をはじめたのである。新曲発表を当たり前のようにこなし、音楽番組に出演、そしてNHKドラマの初主演を務めることにさえなったのだ。
hqdefault (29)

ただ、この活躍にも素直に喜べず、複雑な思いになった。新曲も聴いた。ミュージックビデオも見た。それは非常に「単体」としては良かったのだけれど、強烈な違和感を覚えた。それは、ガキ4人が思いのままに叫んでいたあの頃のイメージが染みついていたから。相変わらず寂しくて弱くてぼろぼろではあるけれど、それでも「生きていく大人」になった峯田のことを、私は受け入れられなかったのだ。あの娘の後をこっそりつけて、自転車で意味もなく走って、ヤリタイヤリタイと悶々して、前に進まない日々をずっと並んで歩いてきたはずなのに、遠くに行ってしまったような感じがしたのだ。

なんとなく僕たちは大人になるんだ。そう峯田は歌っていた。銀杏BOYZはもうボーイズじゃない。私も気づけば、もうガールズではない。理不尽なことも受け入れられるし、他人ともうまく合わせられるし、セックスのあとの幸福感や寂しさも知っている。もう少し、もう少ししたら今の峯田をまっすぐに見つめることもできるかもしれない。
だけど、確信できるのは、あの頃聴いていた銀杏BOYZがいつまでも心に寄り添っているだろうこと。それは、「サイテーな青春時代」がいかに色褪せない貴重なものだったかということだ。