心の襞(ひだ)から離れない。 ハナレグミの歌声と過ごす、夏。

2016年8月9日

映画『海よりもまだ深く』、エンディングに一筋の涙。

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出典blog.goo.ne.jp

2016年5月に公開された是枝監督作品『海よりもまだ深く』は、むかし夢見ていた未来とは違う現在を、家族だったそれぞれが想いを抱えながら、淡々と、時に噛みしめながら歩んでいく人間ドラマが描かれていた。

観客もまさに、人生に何らかの一区切りをつけた中高年が多く、主人公の阿部寛、その母親役の樹木希林、別れた妻役の真木よう子らの心情に、感情を寄り添いつつ物語を見守る。

「そんなものだよな」と感想が喉まで迫り上がったエンドロールに、ハナレグミの曲『深呼吸』がふうっと息をつくように流れ着く。途端、場内からすすり上げる鼻音があちこちから漏れた。

永積タカシの柔らかなボーカルが、表面張力を起こしていた観客の感情に、たった一滴となって落とされたせいだ。とてつもなく哀しいわけや辛いわけでもないのに、しかし幾筋か涙を流すと妙にすっきりしていて、歌詞にある「あと一歩だけ前に」進めそうな心の軽やかさに気づく。


バター犬がゴンチチと間違えられるまでの軌跡。

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出典www.polystar.co.jp

永積タカシはかつて、5人組のファンクバンドSUPER BUTTER DOG(スーパー・バター・ドッグ)のボーカルとして活動していた。ファンク特有の跳ねる音に、当時永積のボーカルは乾いた感じにマッチし、小洒落ていた。

SUPER BUTTER DOG
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出典www.laughin.co.jp

SUPER BUTTER DOGはインディーズ出身の強みを活かし、コアなファンを引っさげてのメジャーデビューを果たす。
大型フェスにも多数出演を重ねるほど音楽好きの間ではひっぱりだこの存在だったが、メジャー5年目あたりで活動を休止、4年後に復活しファンを喜ばせたのも束の間、1年間の活動を通じて完全なるピリオドを決意。

地上波の音楽番組に、最初で最後の生出演の年に解散した。

以後、永積はソロユニットという形でハナレグミの活動を中心にしている。

気づけばメジャーデビューして20年を越えており、同映画に出演していたリリー・フランキーがもつ音楽番組で、頑張らず節目を作らず、続けていく姿勢を高く評価していた。肩の力の抜け具合が似ているのか、永積が書くサウンドは伝説のアコースティックギターデュオ・GONTITI(ゴンチチ)と聞き間違えられる。

フュージョンともリゾートミュージックとも線引きしにくく、ならばいっそ重なり混ざり合うことをよしとするGONTITIの割り切りと、永積の感性は近いのかもしれない。

GONTITI
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出典www.gontiti.jp

ちなみに是枝監督とGONTITIの関係は深かった。2014年に『GONTITI SINGS KOREEDA ゴンチチ“是枝フィルム”作品集』のタイトルで、映画3作品のサウンドトラックを1枚に収録し、リリースしている。


まだ深く、もっと深く、ハナレグミに溺れよう。

是枝監督は本映画タイトルに、故・テレサテンの歌の歌詞を当てている。その曲は劇中ラジオから流れ、実にノスタルジーな気分を観客に与えた。

さらにハナレグミ『深呼吸』のMVは、映画のワンシーンのサイドストーリー仕立て(池松壮亮役の)になっており、映画を観た者は無意識のうちにタイムトリップした過去に引き込まれてしまう。

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出典www.youtube.com

ファンクだと乾いて聞こえた永積のボーカルは、そんな色褪せるも消すことのできない追憶を、さらりとなぶるように唄う。そうまるで、からっとした風のように。決してお涙頂戴ではなく、むしろその数歩手前で留まる客観性を保っているところが、粋なのだ。

慌てたり取り乱すことなどない人だろう、と永積のポップな佇まいを見ると余計そう感じるが、本当はとてつもなく「渦潮が巻きまくっている男」ではないかと垣間見せるものがあった。

それは『SUPER BUTTER DOGを聴いてくれている皆様へ』と題した、解散宣言だ。永積のメッセージは他4人のメンバーより断トツに長く、約1400文字。本音を吐露するも、軽妙に、ウェットの微塵もなく、ただファンと別れがたく離れがたく、まるでいつ切れるか分からない船出の紙テープを笑顔で握り締めているような文章から、本当はとてつもなくうねっている男なのだと気づく。

そして表裏ギャップある者同士が接触すると、互いの皮がはげ落ちてしまうのかもしれない。ハナレグミと故・忌野清志郎とのセッションには、世間でイメージされる2人の姿がなく見えてくるから実に深い。

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出典helvetica.seesaa.net

それでも1人になればまた何事もなかったように、客観的に一歩、世間とは離れた場所から世の中を眺める……それがハナレグミなのだろう。そして時折ふっとCMやラジオから流れてきたボーカルに、心の襞がぴくんと反応する。

忘れていても、思い出させてくれると安心した時にはもう、彼の音楽に落ちているということだ。

この夏まだ、海へ山へと繰り出す予定がないのなら、ひとまずハナレグミを聴いてみよう。あなたの中にきっと、心地よい風が吹く。

海よりもまだ深く MV