妄想劇。雨宿りのカラオケルームに、秦基博と。

2016年6月1日

目を閉じて。 「え? なんで」と、穏やかな声色が、質問返し。
小さなテーブルを挟み、私と向かい合う相手はシンガーソングライターの秦基博。雨宿りがここしかなく、飛び込んだカラオケルーム。

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出典news.mynavi.jp

今どき珍しく……というより時代に取り残された感が満載で、狭いわ、古いわ、落ち着かない。でも一番そわそわさせるのは、真ん前を陣取るあなた。立つと178センチで恰幅もいいから、座った途端、圧迫感が生まれる。秦濃度がこんなに濃くて、しかもマイクを持った私を見つめるから呼吸が苦しい。

「まあ、唄いづらいよね。うん、分かった。目、つぶりまーす」と、両手を組んで、少し前屈みになってくれた。ほっ……。大好きな秦君の歌、私、上手くなりたい。
ご本人に指導してもらえるなんて、贅沢なんだけど今日はあまり見つめないで、声まで上擦っちゃうから。
左手のリモコンを操作し、リクエストに入れた秦君のナンバーを流す。
1曲目、2曲目、喉慣らしのポップな選曲。3曲目、情感たっぷりめのバラード。秦君は、右手で頬杖をついてじっと聞き入る。
4曲目、5曲目、女のわたしでも高音がきついし、ブレスが長い。歌詞がうまく乗らなくて、あれ?、とか、ごめん、とか、マイクに余計な音が入る。くす、と鼻で笑うのが聞こえた。微笑ましく見守ってくれてるのを感じた。
6曲目、すごいアップテンポで、身体が熱を持つ。

ふう……。まぶたを綴じたままでも、空気で流れが分かるらしい。すると「空中ブランコ入ってる?」と聞いてきた。ううん、無理。
だって女性ヴォーカル、一青窈さんだよ? ギャップが大きすぎる。

「入れて。一曲くらい一緒に唄おう」と、律儀にまだ目を閉じたまま言う。分かりました、と選曲して送信。
マイクは…と目で探していたら、「それこっちに。一緒に使おう」と秦君。

一瞬だけ中腰になって、わたしに手を伸ばし、マイクを持つ両手ごと彼に引き寄せられた。

「僕、こっち面」というから、私はこっち面ね。マイクを二人でサンドイッチすると、イントロに入った。

まず秦君のパート。声だけを前に押し出して唄う。声が空気を震わせて、それが私の頬や耳たぶを撫でる。
声に触れられるなんて、CDやライブとは違う快感。歌って、そういう意味でも気持ちいいね。
やがて一青窈さんのパート。

一人である程度まで登りつめて、そこから先はハモり。なんだか手に手をとって、舞うように旋律を二人でたぐって、ゆっくりと重力に引き込まれていく。
秦君の唄い方に、熱がこもっていくのが分かる。眉間を寄せて、どきっとする表情を浮かべて、ちゃんとデュオを成立させなきゃいけないのに、唄う秦君に吸い寄せられてしまう。

すると「こら、上の空」と指導が入った。す、すみません。
「目を閉じる意味ないよ」と言い終わらないうちに、ぱっと瞼が開く。すごい至近距離。マイク1本を挟んでるだけの。こんなアップじゃ、歌詞も飛んじゃうよ、と固まっていたら、「はにかんで、落ちていくって、こんな感じかな」と、温かな感触を唇に押しつけてきた。

その様を、幸か不幸かマイクに拾われる。狭い空間に、二人の音。どうか外に漏れませんように。