もう過去の姿? 山崎まさよし、鳴りっぱなしの軌跡。

2016年6月30日

「貫禄は仮の姿」と思うのは、甘すぎる願望か。

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出典topicks.jp

数年前、深夜枠の音楽番組にゲスト出演した山崎まさよし。MCの女性タレントが「大御所さんだから緊張する」と発する隣で、幾分ふくよかになったものの、変わらないのんびりとした空気をまとわせていた。
──大御所さん。

デビューしてじわじわ人気を集めていたところ、SMAPが歌った「セロリ」で、発火したように山崎の名が知れ渡る。その後ドミノ倒しのように勢いが止まらず、レジェンド級ギタリストCharとの親交などもメディアで度々取り上げられた。当時円熟の40代だったCharに、今の山崎の年齢が到達してしまったのだから、大御所扱いは間違いではないのだろう。ただ、彼のかっ飛んできた頃が色濃すぎて、今の山崎にも昔の熱気を期待してしまうファンは少なくない。

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出典www.youtube.com

1年間にアルバムを2枚リリースした若さ。ドラマと制作期間が重なり、わずか1週間程でアルバムの曲をまとめた破竹の勢い。そして一気に全国ツアーへ飛び出すタフガイ。打ち上げでどんなに飲んでも、煙草を吸っても、喉がへたることはなく、ステージの山崎は毎度すこぶる元気だった。いや、ライブが彼の栄養補給だったかもしれない。

23歳でのメジャーデビュー。ハイティーンに劣らない爽やかさと陽気なキャラクターから、「まさやん」の愛称で仲間をつくるようにファンを増やしていった。しかしこれらすべてを、現在44歳の彼に重ね合わせるのは酷だとは分かる。

またテレビ・ラジオ・映画館で耳にすると、人肌のぬくもりで、息切れしにくい音楽にスタンスを転換した感もある。無理しなくていい、守りに入っててもいい。ただせめて音だけは、ガムシャラだった熱をかき鳴らしてもらえないだろうか、時々でも。

そんな願望を捨てきれない、そして諦めきれないミュージシャンが山崎まさよしだ。


デビュー曲を収録した、鷲づかみのPV「動く山崎」。


山崎が、業界人の目に触れたのは、冗談みたいな出来事からだ。91年に、キティ主催のオーディションにエントリーしたところ応募者1000人以上の激戦にも関わらず、彼はとんとん拍子に駒を進めた。そして東京での最終審査の直前に、山崎はとんでもないミスに気づく。主催はキティ・レコード(当時)ではなくキティ・フィルムであり、役者のオーディションだった。

それでも最終審査の場で果敢にも自作の歌を歌いきり、「新人歌手のオーディションなら合格」の評価と、審査員特別賞を受けとって終わった。のちに山崎は「なんでレオタード着た子がおるんやろ」と、番組などで違和感だけはあったことを語っている。

この凡ミスがタナボタに。審査会場に居合わせた、音楽プロデューサーH氏(のちにマネージャー、現在オフィスオーガスタにて複数の肩書きのもと活躍中)の目に止まる。その後の活動を振り返れば、ラッキーではおさまりきれない幸運を引き当てた。あるいは、こうなる運命だったともいえるが、98年に、もっとぴったりのキーワードと山崎は出逢う。
──「奇跡の人」。

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出典:http://music.geocities.jp

このタイトルのドラマは、彼の顔と声を全国区に浸透させた。96年に「セロリ」、97年に「One more time , One more chance」をリリースしていたため、音楽好きの支持はあったが、やはりドラマ効果は凄い。視聴者が続々と、観客に転じていく。そして山崎の音楽を吸収しようと集める音源のうち、PVを収録した作品「動く山崎」とめぐりあうファンも多かった。

デビュー曲「月明かりに照らされて」が歌われる光景は、オーディション会場のような設定。昔のミスを彷彿させる。圧倒的な歌唱力、ブルースハープのテクニック、全身が鳴り響くその姿。「セロリ」や「One more time , One more chance」のイメージが先にあったファンこそ、鷲づかみの一曲となったのは間違いない。(※ちなみに音響のテーブルについているのがキーマンH氏)。

月明かりに照らされてのPV


自主トレで身につけた、超絶ギター・テク。


アコギとワンセットの印象が強い山崎まさよしだが、音楽に本腰をいれた最初の楽器は「ドラム」だ。祖母からのプレゼントで、ひたすら練習に打ち込み、その後多数のバンドに誘われ音楽浸りの青春を過ごす。
やがてアコギと向き合い、「ドラムより、持ち運べてラク」の理由も少なからずあったことから、自然とドラムとの距離が置かれる。

ちなみに山崎のギター・テクは、観察力と探求心と耳コピーによる自己流だ。昼は肉体労働、夜はライブハウスという二重生活の頃、店のマスターから「ライトニン・ホプキンス」を聞かされたことがキッカケで、ブルースとギターにのめりこんだという。

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出典jdacrew.exblog.jp

超絶テクを拝める曲のうち、ライブの定番ナンバーが「Fat Mama」だ。テンポの早さが曲の持ち味ゆえ、スローなアレンジでお披露目されることはほとんどない。当時同じ事務所だったスガシカオも舌を巻き、作曲した山崎自身も「ドラムが難しい」と悲鳴を上げる難曲だ。

Fat Mama


ライブの達人。会場をひとつにするMCの巧さ。


「エレキは音がでかすぎて扱いが難しい」。オリジナルとプライベートを併せて、数えること5枚目のアルバム「ドミノ」を引っさげてのツアーで、山崎はステージにエレキギターを引っ張り出した。アコギのスタイルからの脱皮か?ファンからの要望があってなのか?

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出典blog.livedoor.jp

しかし当時は、音が手からこぼれ、コントロールがキビキビ利かないことに戸惑いを見せていた。今でこそサンプラーやオーケストラ、あるいは大所帯になった事務所のユニット「福耳」による豪華コーラスにも動じる様子はないが、ブレイクした頃は、シンプルであるほどやりやすい空気を漂わせていた。

そもそも山崎のライブは、ブレイクの頃でも単身弾き語りか、ベースとドラムを迎える三人構成が主だ。コーラスはいない、パフォーマーもいない、楽器のセッティングも平置きだけというさっぱりした時代もあり、正真正銘の少数精鋭。強みは「山崎のコントロールが利くライブ」ということだ。

音楽以外にもお客さんに楽しんでもらおうとする様々な仕込みも見事だが、予定調和か即興なのか判別つかないMCが抜群によい。
長いツアーの場合、ファンが立ち上げる非公認サイトでもネタバレを書き込まないのが暗黙のルールだが、MCだけは別扱い。

山崎がその土地で見て感じたままを切り取るパターンが多く、ご当地限定ネタなことから、ファン同士お裾分け感覚で情報を共有していた。土地が肌に合うのか、北海道や関西を回っている時の山崎は饒舌になりやすい。

セロリ in神戸チキンジョージ


天才より凄いヤツによる、「天才より凄い技」。

山崎まさよしのキャッチコピー「天才より凄いヤツ」。文字だけ追うと、ずいぶん天狗なド新人が出てきたと失笑を買いそうだが、彼のギター・プレイを目の当たりにし、とめどなく溢れる感性の豊かさを知ると、確かに天才の二文字は霞んでしまう。

インスピレーションの鋭さと、言葉を脊髄反射で吐き出す様を「これでもかと見せつけた」のが、96年から翌年にかけて放映された、スカパー ペースシャワーTV センスオブナンセンスという番組。体育館の用具置き場を思わせるセットに、「侵入部員 山崎くん」がギターの音に、学校がらみの呟きを乗せていく。楽曲のセンスと、「このメロディにその歌詞か」とツッコミいれたくなる小気味いいナンセンスとのマッチングが見事だ。

音楽が魂、音楽は友だち、そうした色々な表現があるなかで、山崎にとって音楽は「衣食住」なのだと、「侵入部員 山崎くん」を見ていると伝わってくる。

『ころっけぱん』
ころっけぱんがなかったので
メロンパンを買ってきたら
しばかれた~

『中間テスト』
チンギスハンからばら戦争
ゲルマン民族大移動
世界史だけはわけわからん
そやから追試やねん

侵入部員 山崎くん


つまらない大人に、なって欲しくないアーティスト。

デビューから2〜3年あたりがおそらく、生活がガラリと一転するほどの多忙を極めていただろう。ハードだったろうが、持ち前のバイタリティとフットワークを活かし乗り切ったことがうかがえる。だがこれが、ファンとの間にボタンのかけ違いを生んだかも知れない。

荒削りな男らしさがいいとアルバム「ドミノ」で食いついたファン層は、充電期間を経て作られた次作の「SHEEP」、 その後に続く「transition」「アトリエ」「ADDRESS」に戸惑っていく。山崎まさよし、実は、とても丹念に仕事をこなしたい職人気質だったのだ。ドミノに対して「消化不良」という発言から、その性質はチラチラ見えてはいた。

ファンが抱く、葛藤にも似た感覚。デスメタル路線で売れてしまい、自身がめざしたい都会系おしゃれポップスとの狭間で苦悩する漫画(あるいは映画)「デトロイト・メタル・シティ」を挙げると分かりやすいだろう。

多少ピークよりくだらなさが落ちたとはいえ桑田佳祐は桑田であり、未知の領域へチャレンジしすぎて難解な曲が増えても、桜井のボーカルが常に軸にあることがミスチルで、夏のイメージが強すぎて国内の活動が制限されるならと常夏のハワイに飛び出したTUBEのように、コアが変わらなければファンは構わない。

ところが山崎の場合、コアに掛け違いがどうやらあったと分かってくる。
山崎の音楽路線から、ぽろぽろと途中下車していく人々をファンと呼べない、というのは一理あるだろう。けれど山崎にも責任があるというものだ。「肉ばかりがステーキじゃないんだ」と主演映画のセリフにもあるように、野菜にステーキ級の旨さがあるとファンに教えたのだから、時々でも、たまにでも、生涯味あわせてやるくらいの気概が欲しい。

漬け物の糠床をこねていていいから、時には「う○こやな」と、愛情たっぷりけなすような、いたずら小僧であり続けて欲しい。実際、山崎が音楽と無邪気にたわむれていた昔の姿は、知らない人間ほど強く引き込まれるのを横目で見ることがある。つまりザクザクな乱切りでも高評価された過去を、受け入れて欲しいのだ。

尖った先が削り取られ小さな丸になるよりも、隙間を埋めて大きな丸をつくるくらいのパッションを感じさせて欲しい。これは漫画からのウケウリだ。週刊モーニングに連載された、守村大(現在・漫画新白河原人ウーパ!連載)による古い古い漫画「あいしてる」から抜粋して、山崎まさよしに贈りたい。

いたずら小僧が帰ってくる日を、未来に望む。